【お知らせ】お待たせしました。iPhone版を遂にAppStoreで公開しました!

iTunesStoreから入手してください. Android版もひきつづきGooglePlayで公開中。EmiriSystem 16年目にしての新規リリースです。今回のリリースに寄せてこちらのリリースノートをぜひご覧ください。 []

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Emiriパパです。二人の娘のお父さんです。長女が生まれたときからずっと育児日記EmiriSystemの開発・運営をしてきました。長女が10歳ときに劇症肝炎と肝炎後再生不良性貧血になりました。このページ「再生可能」は再生不良性貧血の治療のログを綴ったものです。詳細なデータと日記からなっています。
病気になって間もない頃不安で不安でたまらなかった時にたくさんの同じ病気の方のブログに助けられました。このログが同じ病気になった人やご両親のお役に立てばと思います。
多くの方が一般のブログを使って記録を残していらっしゃいます。しかしながらブログは時系列のデータを残すには向いていないことがわかりました。このページは育児日記EmiriSystemの拡張LogModeを使っています。LogModeはデータと日記が同時に残せるようにEmiriパパが育児日記に追加した機能です。このログシステム自体が様々な記録に役立てば幸いです。
この記録はだいたい半年に一回くらいのペースでまとめて更新します。

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肝炎後再生不良性貧血は文字通り肝炎が治って2から3ヶ月後に発症する血液の疾患だそうです。娘の場合は劇症肝炎を患ってそれが治って丁度2ヶ月くらいしたところで急激に最重症の再生不良性貧血(以下AA)になりました。治療は兄弟にHLAの一致がいれば骨髄移植が最優先、そうでない場合はATGという治療を行いながら骨髄バンクでドナーになってくれるかたを探すというのが基本的なプロトコルのようです。娘の場合は、妹とのHLAの型は一致しませんでした。また親(つまりEmiriパパママですが)からもらったHLAの型が珍しい型らしく骨髄バンクでフルマッチのドナーは見つかりませんでした。そうなるとATGの治療しか選択肢はなくなります。それでも治療があるだけまだましですね。10年以上前にはこの治療法すらなかったわけですから当時なら骨髄バンクドナーいませんというのはかなり厳しい状況だったと思います。
ATGは主に3種類の薬剤を使いながら骨髄抑制がとれていく過程を経過観察する事になります。最短でも半年。経過が良ければ自宅療養になります。それはそれは長い長い忍耐の日々になります。治療の中心はシクロスポリンという免疫抑制剤です。このログではATGを始めてからの詳細な血球の状態をプロットしています。どのような変化がどのくらいに起きるのか参考になると思います。またどのような副作用がどのくらいおきるのか、一時帰宅はいつころできるようになるのか、などは日記を参照してください。ちなみにATG治療の参考になると言われているPNH血球は(−)でした。
週に何度も繰り返される採血とその結果に一喜一憂しています。悪いデータがでるともっと悪くなるのではないかと落ち込んでしまいますね。でも長い目で見るとちょっとずつちょっとずつ血球は回復基調にあるのがデータをみて初めてわかります。でも、それは後からグラフ全体をみてはじめて言える訳で、実際にグラフが急降下しているところではとてもそのような余裕はありませんでした。これから治療に臨まれる方もきっと同じ気持ちになるでしょう。けれどもこの病気は長い目で見る事が大切のようですから「再生力」を信じて焦らずに行きたいと思います。

肝炎後再生不良性貧血の大まかな経過です。

3月中旬 劇症肝炎 血漿交換、ステロイドパルス
5月下旬 退院
6月上旬 定期検診も異常なし
6月下旬 血小板の値が低いも経過観察
7月上旬 最重症の再生不良性貧血
7月下旬 病名確定 ATG開始
8月下旬 グランに反応 白血球増加
9月下旬 ATGの反応か赤血球の減りが緩やかになる
10月中旬 ATGに反応血小板微増
11月中旬 これまで血球は微増微減を繰り返すも退院
12月中旬 急性虫垂炎にて手術
1月下旬 ATG後半年判定は部分寛解で治療継続
以降ずっと経過観察

こんな感じです。最後の虫垂炎はおまけと言えばおまけですが、他の方でも治療中に虫垂炎になった方がいたのでもしかしたらもとの病気と関係あるかも。血球が少ない中での手術なので大変であることは間違いありません。
血球の増加が確認されても一直線に上昇するわけではありません。本当に3歩進んで2歩下がる感じです。時には3歩進んだかと思えば4歩下がるときもあります。それでも気を長くしてじっくりと経過を見て行かなければなりません。焦りは禁物ですね。ただただ信じてゆっくりと行くつもりです。
2013-03-14 14:42:41
えみちゃんが長期に入院するまで病院の中に学校があるなんて全く知りませんでいた。特に入院したてのときは病状が心配でとても学校のことまで気が回りません。でもそこは小児病棟。様々な手続きの中に院内学級とその転校手続きの説明がありました。なんだか今の学校を転校までしないといけないのかぁと思うとそれはそれで悲しくなりましたが後から思えば院内学級があることでえみちゃんは日常を失わずにすむことができました。勉強のことばかりでなく様々な行事、先生やOBの暖かい励まし、友達通しの交流。どれをとっても院内学級に感謝しきれません。つらい入院生活ですが院内学級がどれほど子供達を助けてくれているか、この制度のすばらしさを身をもって体験させてもらいました。その一部をここに綴ります。

院内学級は立派な学校です。小児病棟内に教室があるのです。午前中に二時間半、午後に二時間の授業があります。国語算数理科社会に加えて体育や音楽、家庭科もあります。子供達はベットの上から着替えて登校し朝の会をこなして学年ごとに授業に入ります。体調の悪いときはベットサイドまで先生が来て授業をしてくれます。また授業の途中に検査や入浴が入るときがあってそのときは中座が許されます。また普通の学校にないことがですが体調が悪いときや眠くなる薬を使っているときは「寝る」のもオーケーです。その日の授業が終わると夕方になって先生が連絡帳を届けてくれます。その中に「今日のえみちゃんはよく寝られていました」なんてコメントが書かれるときもあります。普通の学校だったらしかられますね。また夕方には先生がそれぞれの子供のところを回ってこの連絡帳と宿題を渡します。そのときに親が面会に来ていれば学校の様子を直接先生から聞くことができます。
院内学級の先生はとてもバイタリティにあふれています。体調の悪い子供達を気遣いながら精一杯の授業をしてくれます。体調が悪いときや辛い検査をしたときも先生達のいつもの明るさにどれだけ助けられたことか、本当に頭が下がります。ベテランの先生や若い先生もいらっしゃいます。みなさん声が大きくて元気があふれていてたくさん笑って冗談をいってくれます。夕方の家庭訪問ならぬベット訪問がはじまるといろいろな病室で先生や子供達家族の笑い声が聞こえます。院内学級の先生は病気の子供達も普通の子供達と同じように扱ってくれます。これがどれだけうれしいことかと思います。

小児病棟では院内学級や病院や支援グループ主催のの様々な行事があります。お楽しみ会、院内フェスティバル、夕涼み会、演奏会、ハロウィン、ダンス教室そしてなんと遠足まであるのです。中でも院内フェスティバルはバザーの企画で子供達が自ら企画してコンセプトを作り品物を手作りして売ります。院内最大のイベントです。生徒の父兄はもとより看護婦さん、ドクターなど関係者がどっと院内学級に押し寄せてそれはそれはにぎやかなフェスティバルです。えみちゃんは実行委員長をやらせてもらったのではじめの挨拶なんぞもしました。

夏の花火はとてもこころに残るイベントでした(8/17の日記)。横浜市立大付属病院は海を隔てて八景島シーパラダイスに隣接しています。夏の週末に行われる花火イベントは病棟の窓からとても良く見えるのです。毎週末子供たちは花火が見える部屋に集まって見学するのを楽しみにしていました。そんな中、一度だけ最上階の10Fにある展望レストランを営業時間後に貸してもらっての花火鑑賞がありました。みなで点滴台をひきづりながら10Fまで上がって明かりを消したレストランから真っ正面のシーパラダイスの花火を思う存分鑑賞しました。わずか10分ほどのショーでしたがこれまでにない感動がありました。このショーはこれまでにも何度かそのシーパラダイスで家族で見たことがあったのです。まさか同じ花火を小児病から見ている子供たちがいたとは考えてもいませんでした。そして今こちら側にいる。いつかお金持ちになってシーパラダイスのスポンサーになって小児病棟スペシャル花火をあげなよってえみちゃんと話しました。わずか10分。ドクターもついてきてくれて看護婦さんがすばやくテーブルタップを回して点滴台に給電してくれました。レストランの灯りが消えて点滴のデジタル表示だけが光る中で見た花火は本当に格別でした。すばらしい体験をありがとうございました。

院内学級のOB訪問はとても勇気づけられるイベントです(9/12の日記)。えみちゃんが入院中にも大学生のお兄さんの訪問がありました。今学業の傍らダンスを専門的に習っているとのことで体育の時間にダンスの手ほどきをしてくれました。そして即興で皆でダンスを踊って父兄に見せてくれました。OBのお兄さんのパフォーマンスもありました。プロ並みの激しい踊りでとても子供のときに血液疾患を患ったとは思えません。この事実こそが僕たちに勇気を与えてくれるのです。何にも代え難いOBにしかできないメッセージなのです。自分は小学校2年のときに白血病になって1年間この小児病棟のお世話になったという話をしてれました。今はこんなに元気ですと言って肩のカテーテルの後を見せてくれました。今はちゃんと髪もありますとかジョークも言ってくれました。カテーテルの痕は自分の勲章にしているということでした。お母様も挨拶され自分のときもこの後どうなってしまうのかと不安でたまらない時がありましたが必ず少しづつ好転するのでそれを信じて頑張ってくださいというメッセージでした。子供たちの即興ダンスもさまになっていました。えみちゃん含め皆点滴をしながらのダンスです。血小板や赤血球を輸血しながらのダンスってすご過ぎです。恐るべし院内学級!最強の学校。力強く踊るお兄さんと子供たちのダンスを見て目頭があつくなりました。このメッセージをしっかり受け取りました。いつの日かえみちゃんがOB訪問できるように頑張ろう、この体験を活かせるように頑張ろうと思ったのでした。

病棟内で感染症が発生すると集合禁止っていう措置がとられます。水疱瘡や帯状疱疹が発生したときに感染を防ぐ措置です。だいたい2週間の措置でその間全員に感染予防の薬が増えるので皆ぶーぶー言います。ただでさえ皆毎日たくさんの薬を飲んでいるのでこれ以上は勘弁してーという気持ちにもなりますがやむを得ません。えみちゃんが入院中も2度ほど集合禁止がありました。集合禁止になると当然学校にも行けなくなります。また病室間の移動もできなくなります。ちょうど楽しみにしていた年に一度の遠足も中止になってしまいました。ちなみに遠足はシーサイドラインに一駅のって海の公園を散策するというものでした。子供たちはがっくりですが先生たちは各病室を回って授業を続けてくれます。ここでも院内学級のおかげで集合禁止を乗り越えることができました。

院内学級。基本的に閉ざされた小児病棟でも教育を受けられる制度。学校に通うという日常を続けられることは何より励みになります。転院当初面会時間が制限されていることで泣いていたえみちゃんでしたが2ヶ月もたつと院内学級があるから来なくてもいいよって言うようになりました(そう言われても行くんですが)。院内学級OBの訪問。先生たちのバイタリティ。様々な行事。院内学級本当にありがとう。いつか恩返しがしたいと思います。
2013-01-28 16:40:17
免疫療法は基本的に薬です。毎日30粒くらいになります。メインの薬は1種類(シクロスポリン)だけなのになんでこんなに増えるかというと基本的に感染症予防の薬と副作用の予防の薬があるからです。シクロスポリンは免疫抑制剤です。血中の濃度を一定に保つように採血の度に量を微調整します。最初はシクロスポリンが主成分のネオーラルという薬でした。ほとんどの人はこのネオーラルを使います。ネオーラルはつるっとした卵形の粒の薬で中に液体が入っています。通常のカプセルよりはちょっと大きいです。えみちゃんの場合は最初はこのネオーラルでした。最高で一回に10粒ほど飲んでいました。しかし途中で膵臓炎の疑いが出たあたりから吐き気でどうしてもこのネオーラルが飲めなくなってしまいました。この薬だけはどうしても切れないのでドクターも心配してくれて、他の飲まなくても済む薬をすべてキャンセルしてこれだけは飲んでっていってくれましたがそれでも飲めません。飲むとはいてしまうのです。それだと意味がない。薬剤師さんと相談してシクロスポリンの細粒を試してみました。これは粉ですがやっぱり飲むと気持ちがわるくなって戻してしまいます。飲むときの舌触りも相当いやなようです。そこで薬剤師さんから市販のカプセルに詰めてはどうかという提案がありつめて飲ませてみたらなんとか飲めるようになりました。以後ずっとシクロスポリン細粒カプセル詰めでやってきています。ただこのカプセルにつめるのは親の仕事です。毎日次の日の分を夜のうちに詰めて薬ケースにセットします。写真はある日の我が家の薬ケースのものです。朝昼晩の3コーナーに分かれています。このカプセル詰め作業は結構は負担です(特に老眼の進んだお父さんにはつらい)。でもこの薬が効くかどうかがすべてなので祈りながら入れています。入院中は毎回看護婦さんが薬を持参して双方で飲む薬を読み上げて間違いがないように確認します。「カモステート1錠、シクロスポリン○○mg、、、」見たいな感じです。子供の記憶力はすごくってすぐに全部の難しい薬の名前を順番含めて覚えてしまい看護婦さんよりも先に言えるようになってしまいます。こんな薬に詳しい小学生もそうそういませんね。
薬は他に、カモステート(膵臓炎の緩和)、バクトラミン(感染予防)、イコサペント酸エチル(高脂血漿予防)、コートリル(ステロイド)、他に治療中は副作用でマグネシウムが減ってしまうので市販のマグネシウムカルシウムサプリメントなどです。全部で一日30粒近く飲まなければなりません。しかも絶対忘れていは行けない。
飲まないと行けないというのは観念して一緒に飲む液体とか後味をよくするためのお菓子とかに凝ってなんとかやっています。最初は水でしたが途中アセロラドリンクでないとだめなじきとかCooじゃないとだめな時期とかいろいろあって今はファンタグレープです。よく炭酸で飲めるなとおもいますが本人がそれでいいというので。後味をよくするためにはよくラーメンを食べたあとの汁とかキムチとか食べてます。変わってますけどこれも本人がいいというので。
とにかく薬は治療の要なのでいろいろ工夫して飲むしかありません。小学校5年生ですからなんとかなっていますがもっと低学年とか幼児とかどうやってこの量を毎日飲ませるのか頭が痛いことと思います。みんな頑張ってるなーって思います。とにかくこの大量の薬が少しづつ少しづつ減って行ってくれるのを祈っています。
2013-02-04 02:27:17
免疫抑制療法は薬剤による治療です。様々な副作用が現れます。また血球がさがっていることによっても様々な症状が現れます。あくまでえみちゃんの場合ですがいつごろどれくらいの副作用が出るのかメモしておきたいと思います。
免疫抑制療法ATGのうち最初の5日間で投与されるのはサイモグロブリンです。これはほとんどのひとに拒絶反応的な副作用が出るそうで主に熱やじんましんなどです。えみちゃんの場合は投与開始から3時間後くらいら12時間の間に39度近い熱が出ました。ただ後半に解熱剤を使用したらあっさり熱はさがりたいしたことはなかったです。じんましんもでませんでした。サイモグロブリンに続いて治療の中心はシクロスポリンに移ります。これは長い期間飲まなければなりません。副作用はいろいろあるようですがえみちゃんの場合は投与開始から2ヶ月くらいはとくに副作用らしいものはありませんでした。その間は作用(薬の効き)もなかったわけですが、2ヶ月が過ぎて薬の効果が現れると副作用も出始めました。特にアミラーゼリパーゼの酵素が増えるようになりいわゆる膵炎の状態になりました。これはかなりきつかったです。吐き気が食欲不振、だるさなどです。特に吐き気が強くて薬が飲めなくなるのがいちばんつらかったようです。しかしそれも4ヶ月がすぎるくらいから徐々に収まって行きました。また中性脂肪が高い高脂血症という状態にもなりました。中性脂肪が500を超えたことがありました。これも薬のイコサペント酸エチルで抑えました。副作用は様々あるようですから油断はできません。
えみちゃんの場合はAAの前に肝炎があったのでステロイドも長い間服用しました。またATGの時にも1週間ステロイドパルスがありました。肝炎から継続したプレドニンは徐々に減薬してゼロになり、引き続いてより弱いコートリルを3ヶ月ほど飲みました。プレドニンは使っている間はステロイド薬特有の実にたくさんの副作用がでました。主なものはムーンフェイス、白内障、骨粗鬆症などです。ムーンフェースはステロイドを使うと必ずなります。これは仕方がないことです。ただ食事制限でかなり抑えることができるという実感があります。肝炎のときの東部病院は厳しい食事制限がありました。毎日カロリーが厳密に計算され持ち込みの食べ物なんて言語道断って感じでした.そのおかげでかなり強いプレドニンを2ヶ月以上つかったにも関わらずそれほど太るということはありませんでした。ところがです、AAでお世話になった市立大医学部は食事制限などなく食べ放題、持ち込み放題。プレドニンが減っていたにも関わらず体重は最大になってしまいました。病院のカラー(内蔵疾患専門か血液疾患専門か)でずいぶんと対応がわかれるもんだなと思いました。確かにステロイドさえ止めればもとに戻るので辛い治療中は好きなだけ食ってもいいかっていう気にはなりました。後からの減量が大変なのは普通のダイエットと同じです。それ以外に白内障の原因となる眼圧の上昇があります。上がりすぎるとまた目薬で抑えることになります。東部の間は目薬を使うまではいきませんでしたが、市立大のパルスの後は眼圧が高くなって目薬となりました。この目薬がまたおそろしくって目薬の自体にもまた副作用があって特に目じゃない普通の皮膚のところにつくとシミができるというので絶対に目に入るようにように慎重にささねばなりません。もし皮膚に触れたらすぐ拭き取る感じです。眼圧の上昇はステロイドが減薬してからはなくなりほどなく目薬の使用は中止になりました。骨粗鬆症も副作用のなかにあるのでこちらはサプリメントで補うことになります。
などなど副作用、副作用の副作用と薬をつかっている限りはオンパレードです。一つ一つクリアしていかねばなりません。
それとお年頃の乙女としてやっぱり外観もきになります。それほど心配なことはありませんがシクロスポリンとステロイドの影響はいろいろ出ます。まず多毛です。まつげがぱっちりになりますが全身のほうも結構増えます。赤ちゃんでうまれてきたときに結構多毛な場合ってありますがあんな感じです。薬を減らせば当然少なくなります。あとシクロスポリンの影響で歯茎の肉が盛り上がると言われていますがそれほどでもありません。それと見ていてかわいそうになるのはやっぱり肌の色です。劇症肝炎のときに黄疸と紫斑でとんでもないことになったのは例外として血球が減る病気では特に赤血球の現象により肌が白くなります。いわゆる色白というわけではなくて文字通り病的な白さです。唇も赤くなくて全体に白いです。血行がいいというのは大切なんだなぁと思います。血球が回復すれば当然戻りますからじっくりと治療に向かうしかありません。そんなところです。
2013-02-20 23:08:48
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Emiriパパです。二人の娘のお父さんです。長女が生まれたときからずっと育児日記EmiriSystemの開発・運営をしてきました。長女が10歳ときに劇症肝炎と肝炎後再生不良性貧血になりました。このページ「再生可能」は再生不良性貧血の治療のログを綴ったものです。詳細なデータと日記からなっています。 病気になって間もない頃不安で不安でたまらなかった時にたくさんの同じ病気の方のブログに助けられました。このログが同じ病気になった人やご両親のお役に立てばと思います。 多くの方が一般のブログを使って記録を残していらっしゃいます。しかしながらブログは時系列のデータを残すには向いていないことがわかりました。このページは育児日記EmiriSystemの拡張LogModeを使っています。LogModeはデータと日記が同時に残せるようにEmiriパパが育児日記に追加した機能です。このログシステム自体が様々な記録に役立てば幸いです。 この記録はだいたい半年に一回くらいのペースでまとめて更新します。

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2012-07-03:予想外の入院
2012-07-04:二度目の転院
2012-08-24:白血球200をカウント。やったぁ!!!!
2012-10-15:奇跡だぁ。やったぁあぁ!!血小板増加!
2012-11-19:4ヶ月半。遂に退院です!!!!
2012-12-13:再々入院。それも虫垂炎だって。

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